スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
牧 大晃(まき ひろあき、2003年11月2日 - )は、日… 牧 大晃(まき ひろあき、2003年11月2日 - )は、日本の男子バレーボール選手。 香川県高松市出身。高松市立香東中学校1年生の時にバレーボールを始めたが、香東中には男子部が無かったため、女子部で練習していた。2018年に顧問の教諭が高松市立桜町中学校に転任したため、牧も指導を受けるため桜町中に転校した。香川県選抜チームで出場した全国都道府県対抗中学バレーボール大会でJVA・JOCカップを獲得。 香川県立高松工芸高等学校進学後、全日本バレーボール高等学校選手権大会に出場し、210cmの高身長で注目される。同大会では2年連続ベスト8の成績を収めた。 高校卒業後の進路については、大学を経た上で海外でのプレーを視野に入れていたが、パナソニックパンサーズからV.LEAGUEと大学リーグの両立前提の入団オファーがあったため、高校卒業前の2022年2月、パナソニックに入団してチームの練習に加わった。
辻岡 佑真(つじおか ゆうま、2001年12月9日 - )は… 辻岡 佑真(つじおか ゆうま、2001年12月9日 - )は香川県出身のプロサッカー選手。Jリーグ・アビスパ福岡所属。ポジションはディフェンダー。 環太平洋大学在学中の2022年12月24日、2024年シーズンからのいわきFC加入内定が発表された。2023年シーズンは特別指定選手としてチームに登録され、4月2日のJ2リーグ第7節・ファジアーノ岡山戦でJリーグデビューを飾った。 2023年12月14日、テゲバジャーロ宮崎への育成型期限付き移籍が発表された。9月22日、J3第29節・奈良クラブ戦でJ初ゴール。 2025年はギラヴァンツ北九州への期限付き移籍となる。1試合警告2回で前半32分で退場となった第15節栃木シティ戦の次の第16節沼津戦と、警告累積により出場停止となった第34節八戸戦以外のリーグ戦36試合に全て先発出場、DF山脇樺織と並び出場試合数はチーム最多タイ、出場時間は3,164分で山脇に次ぐチーム2位だった。
三好 佳介(みよし けいすけ、1999年2月16日 - )は… 三好 佳介(みよし けいすけ、1999年2月16日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 香川県綾歌郡綾川町出身。 香川県立高松工芸高等学校を経て福山平成大学在学中の2020年12月、V.LEAGUE DIVISION2所属のヴィアティン三重の内定選手として発表され、翌2021年に正式入団。 内定期間含め4シーズン在籍し、2024年4月にヴィアティンからの退団が発表された。同年7月にSVリーグ所属のヴォレアス北海道入団が発表された。 2024年10月12日に行われたチーム開幕戦の日本製鉄堺ブレイザーズ戦にスタメン出場し、SVリーグ初出場を果たした。
井上 慎一朗(いのうえ しんいちろう、1994年12月21日… 井上 慎一朗(いのうえ しんいちろう、1994年12月21日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 香川県高松市出身。友達に誘われて小学4年生からバレーボールを始める。 高松工芸高等学校、中央大学を経て、2016年、V・プレミアリーグ(当時のVリーグ1部リーグ)に所属するJTサンダーズ(現・JTサンダーズ広島)の内定選手となった。 2017年、大学卒業後に、JTサンダーズに入団した。入団1シーズン目の2017/18 V・プレミアリーグで試合に出場しVリーグデビューを果たす。
池田 匠見(いけだ しょうけん、1994年12月6日 - )… 池田 匠見(いけだ しょうけん、1994年12月6日 - )は、日本の飛込競技選手。香川県高松市出身。高松市立勝賀中学校、香川県立高松工芸高等学校卒業。兄の池田昂希も現役飛込選手。 香川DCで、年長の頃から飛込競技を始める。当初は遊び半分でやっていたが、JOCをきっかけに真剣に取り組むようになった。以降、コーチと二人三脚で練習を積む。 高松市立勝賀中学校3年生の時に全国高等学校総合体育大会で5位入賞。その後、香川県立高松工芸高校に入学し、1年生の時に男子3m飛板飛込で準優勝。その年の国民体育大会では、男子3m飛板飛込で5位入賞。2年生の時に、国際大会代表選手選考会で、兄との男子3mシンクロナイズドダイビングで4位入賞。
南川 忠亮(みなみかわ ただすけ、1992年1月13日 - … 南川 忠亮(みなみかわ ただすけ、1992年1月13日 - )は、香川県高松市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 小学校3年生の時に野球を始め、高松市立古高松中学校では捕手としてプレー。 香川県立高松工芸高等学校では1年生の時に投手に転向し、同年の秋季大会よりベンチ入り。2年生時の第90回全国高等学校野球選手権記念大会香川大会では救援で2試合に登板した。同年秋からエースとなり。3年生時の第91回全国高等学校野球選手権大会香川大会では準々決勝までの3試合に登板して防御率0.69、準決勝の対高松商業戦で11回を投げて2失点、チームはサヨナラ負けする。 高校卒業後はJR四国に就職し、野球部に所属。
山本 拓矢(やまもと たくや、1988年8月11日 - )は… 山本 拓矢(やまもと たくや、1988年8月11日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 香川県さぬき市出身。友達に誘われて小学5年生の頃からバレーボールを始める。 香川県立高松工芸高等学校、中央大学(高校、大学では共にキャプテンとしてチームを牽引した)を経て、2011年、パナソニックパンサーズに入団した。リベロとしてメンバーに登録され、主に永野健の控えとして出場した。2014年に現役引退し、マネージャーに就任した。運営担当としてホームゲームの企画などを行っている。
鬼ヶ島 竜(おにがしま りゅう、1988年2月8日 - )は… 鬼ヶ島 竜(おにがしま りゅう、1988年2月8日 - )は、日本の男性プロボクサー。本名は濱崎 隆司(はまさき りゅうじ)。香川県高松市女木島出身。高松市立城内中学校卒業。香川県立高松工芸高等学校卒業。三迫ボクシングジムに所属。 高松工芸高校入学後にボクシングを始め、インターハイに出場。高校卒業後に上京し、プロデビューした。故郷の女木島は、鬼が住んでいたという伝説が残る洞窟などがあり、通称「鬼ヶ島」と呼ばれている。この故郷を有名にしたいとの思いから、リングネームを鬼ヶ島竜とした。2008年に香川県出身者として初めて全日本新人王のタイトルを獲得した。
野口 哲哉(のぐち てつや、1980年 - )は、香川県出身… 野口 哲哉(のぐち てつや、1980年 - )は、香川県出身の現代美術家。香川県立高松工芸高等学校を経て、2003年広島市立大学芸術学部油絵科卒業、2005年同大学院修了。 鎧兜を着た人物をモチーフに、立体作品や絵画を制作している。作品は一見古びて見えるが、樹脂やアクリルなど現代的な素材で作られている。リアルな佇まいにペーソスやユーモアが入り混じった作風が特徴。作品には古典の引用や歴史の読み解きが頻繁に現われ、制作活動には学術的な一面もある。
大森 輝和(おおもり てるかず、1979年9月3日 - )は… 大森 輝和(おおもり てるかず、1979年9月3日 - )は、香川県小豆郡土庄町出身の元陸上競技選手で陸上競技指導者。専門は長距離走。世界陸上選手権ヘルシンキ大会10000m代表。 香川県立高松工芸高等学校3年時には、インターハイ1500m5位。国民体育大会1500m5位。高校卒業後は中央大学に進学したが、寮生活に馴染めず、大学を中退した。 その後、大塚製薬陸上競技部の河野匡監督の紹介で創部間もない高知・くろしお通信サービスに入社した。入社後は大東文化大学時代に箱根駅伝で活躍した松浦忠明監督の指導が身を結び、全国都道府県対抗男子駅伝競走大会で大会記録の29人ごぼう抜きの快走をはじめ区間賞を3度獲得(通算では99人抜き)。
小西 健太(こにし けんた、1979年6月24日 - )は、… 小西 健太(こにし けんた、1979年6月24日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 香川県高松市出身。友人に誘われて玉藻中学1年の時にバレーボールを始める。高松工芸高校在学時には春高バレー、インターハイに出場し、優秀選手に選ばれている。 高校卒業後の1998年、新日鉄(堺ブレイザーズ)に加入。 2007年、Vプレミアリーグのパナソニックパンサーズに移籍、2011年退団。 2019年から宮古島在住。
サカグチ ケン(本名:坂口 賢、1964年1月19日 - )… サカグチ ケン(本名:坂口 賢、1964年1月19日 - )は、香川県出身のグラフィックデザイナー、アートディレクター。日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)会員。 10代よりアナーキーの影響を多大に受け、親衛隊(讃岐支部)を結成。1987年、渋谷のライブハウスでアナーキーのライブを観た後、自作のポスターを持って楽屋を訪れる。この出会いがきっかけとなり、THE ROCK BANDの『四月の海賊たち』のジャケットのアートワークを手がけた。以降、300点以上のCDジャケットデザイン制作に携わる。 1986年(昭和61年)に「年鑑日本グラフィックデザイン'86」で作品が掲載される。1990年(平成2年)6月、サカグチケンファクトリーを設立する。
宮尾 岳(みやお がく、1959年3月16日 - )は、日本… 宮尾 岳(みやお がく、1959年3月16日 - )は、日本の漫画家、元アニメーター。香川県出身。 香川県立高松工芸高等学校出身。高校在籍時に部活動として同校の漫画同好会(当時)に所属。高校卒業後、1977年に上京し東京デザイナー学院に進学。1979年、東京デザイナー学院を卒業後はアニメーション製作会社に所属し、東京ムービー新社や日本アニメーション作品の動画・原画を担当、副業として請け負っていた玩具パッケージや児童向け書籍の作画の縁からデザイン・企画会社のアートミックへ所属、同社の鈴木敏充のアシスタント的ポジションで腕を振るう。『機甲創世記モスピーダ』『メガゾーン23』などのデザインワーク、タカトクトイスのロボット玩具『機甲虫隊ビートラス』のキャラクターデザインなどを経てフリーとなり、『魔物ハンター妖子』のキャラクター原案といったイラストレーターとして注目を浴びる。
山地正倫周(やまじりんしゅう、1951年12月17日 - )… 山地正倫周(やまじりんしゅう、1951年12月17日 - )は、日本のファッションデザイナー。香川県高松市出身。多摩美術大学グラフィック科卒業。 RYNSHU(リンシュウ)の名でプレタポルテ(高級既製服)ブランドを展開している。 MAJI STYLED BY RYNSHU、MA-JI MASATOMO、MAJI MAJI、MAJI君等のライセンスブランドのクリエイティブを展開している。 1985年、有限会社MA-JI CREATION設立。 1986年、MAJI MASATOMO、MASATOMO 1992年、株式会社MASATOMO設立。 2010年、RYNSHU 2017年、株式会社RYNSHU設立。
永井 吐無(ながいとむ、1944年 -2024 )は、洋画家… 永井 吐無(ながいとむ、1944年 -2024 )は、洋画家、無所属。 愛媛県新居浜市生まれ。香川県立高松工芸学校図案科卒。 1970年、東京日本橋「此花画廊」にて初個展。 以後欧州各地に取材制作活動を重ねながら、主に発表の場を個展に求め、各地にて開催している。 1984年、フランスのサロンドートンヌ展、1988年、安井賞展等に発表し、高い評価を得るが、永井の真の姿は彼自身の個展の中にある。 それは永井もよく理解していて、1970年の初個展以来、積極的に作品を発表している。 その個展の数は2021年現在で既に82回を記録し、日本で最も権威ある日本橋三越ギャラリーでも定期的に開催している。 永井の作風の根幹は緻密な構成力と魂のこもった線にあるだろう。
香西 隆男(こうざい たかお、1937年7月26日 - 2… 香西 隆男(こうざい たかお、1937年7月26日 - 2024年4月29日)は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー。香川県出身。東京芸術大学卒。 漆職人を目指して、高松工芸高等学校へ。しかし漆にかぶれる体質から、東京芸術大学彫刻科へ進学する。卒業後は、東映動画(現:東映アニメーション)に入社。アニメのことを全く知らずに、東映で実写映画のスタッフになろうと入社試験を受けての入社だったという。アニメ映画『西遊記』を経て、アニメーターとなる。入社4年後の1964年に、永樹凡人、我妻宏、小泉謙三らと共に退社し、ハテナプロの設立に参加。同プロでは東映動画作品の『魔法使いサリー』などの作画を担当した。
山下 菊二(やました きくじ、1919年10月8日 - 19… 山下 菊二(やました きくじ、1919年10月8日 - 1986年11月23日)は、日本の画家。 徳島県三好市に生まれる。1937年、香川県立工芸学校卒業。翌1938年に上京し、福沢一郎の絵画研究所に入る。 1944年から1949年まで東宝映画教育映画部に勤務、この間、応召による戦場体験と1946年から1948年までの東宝争議を体験した。1946年、高山良策、大塚睦らと「前衛美術会」を結成。 1949年、美術文化協会の会員になるが、翌年、退会。以後、多くの会を結成、あるいは参加。また、日本共産党に入党し、山村工作隊にも参加した。 1952年、小河内村でのダム反対闘争に参加。以後、松川裁判、安保闘争、狭山裁判などに関与。
広島 晃甫(ひろしま こうほ、本名:広島新太郎、1889年(… 広島 晃甫(ひろしま こうほ、本名:広島新太郎、1889年(明治22年)11月23日 - 1951年(昭和26年)12月16日)は、徳島県徳島市出身の日本画家。香川県立工芸学校(現香川県立高松工芸高等学校)、東京美術学校日本画科(現東京藝術大学)卒業。 徳島県徳島市に生まれる。1907年(明治40年)に香川県立工芸学校を卒業。1909年(明治42年)に白馬会洋画研究所に入り、後に画家の萬鉄五郎らとアブサント会を興す。1912年(明治45年)に東京美術学校日本画科を卒業。その後、長谷川潔、永瀬義郎と共に日本版画倶楽部を結成。 第1回帝展、第2回帝展で特選になり名が知られるようになる。帝展審査員、新文展審査員などを歴任した。
野生司 香雪(のーす こうせつ、明治18年(1885年)11… 野生司 香雪(のーす こうせつ、明治18年(1885年)11月5日 - 昭和48年(1973年)3月28日)は、日本の仏教画家、仏画家である。 「野生司」の読み方は「のーす」。香雪の残した資料等の紙の上にカタカナで「ノース」と書いてあり、本人もそれが正しいと言っていたとのこと。 香川県香川郡檀紙村(現・香川県高松市檀紙町)に僧侶の長男として生まれる。本名は述太(のぶた)。父・義問、母・シカ。その後、檀紙尋常小学校(現・高松市立檀紙小学校)、堂山高等小学校を経て、香川県工芸学校(現在の香川県立高松工芸高等学校)金属工芸科に入学。卒業後、東京美術学校(現在の東京藝術大学)予備課程の金属工芸科に入る。
藤川 勇造(ふじかわ ゆうぞう、1883年(明治16年)10… 藤川 勇造(ふじかわ ゆうぞう、1883年(明治16年)10月31日 - 1935年(昭和10年)6月15日)は、大正時代から昭和初期に活躍した彫刻家である。妻は洋画家の藤川栄子。 香川県高松市の江戸時代に活躍した玉楮象谷を大伯父に持つ漆芸の一家に生まれる。香川県立高松工芸高等学校漆工科(1899年(明治32年)に木彫科に転身)卒業後上京し、東京美術学校(現在の東京芸術大学美術学部)に入学し彫刻を学んだ。卒業後の1909年(明治42年)に留学のためフランスへ渡り、アカデミー・ジュリアンでジャン=ポール・ローランスに師事し、彫刻を学ぶ。これによって1912年に当時同学校に勤めていたオーギュスト・ロダンの晩年の助手となった。
磯井 如真(いそい じょしん、1883年(明治16年)3月1… 磯井 如真(いそい じょしん、1883年(明治16年)3月19日 - 1964年(昭和39年)8月23日)は、日本の漆芸家。本名は雪衛(ゆきえ)、あらため雪枝。 香川県高松市出身。香川県立工芸学校(現、香川県立高松工芸高等学校)を卒業後、大阪山中商会で中国漆器の修理などに携わり、技術を習得した。1909年に高松に戻り、製法が絶えて久しかった香川漆器を独自研究を重ねて復興し、近代化を確立した。讃岐漆芸の中興の祖と称される。母校の工芸学校や工芸研究所で後進の育成にもあたっている。1936年(昭和11年)の文展(帝展の代わりに開催)に出品した「漆サボテンにホロホロ鳥飾棚」で選奨を受賞。1953年(昭和28年)には岡山大学教授に就任。
小倉 右一郎(おぐら ういちろう、1881年(明治14年)6… 小倉 右一郎(おぐら ういちろう、1881年(明治14年)6月9日 - 1962年(昭和37年)7月15日)は、日本の彫刻家。香川県出身。 香川県立工芸学校を経て東京美術学校(現東京芸術大学)彫刻科を1907年(明治40年)に卒業。 1908年(明治41年)に「指導」で文展初入選。 1913年(大正2年)に大正博覧会に「霹靂」を出品し、二等銀牌を獲得。以後、官展で次々入賞し、1916年(大正5年)の第10回文展で「闇路の人々」が特選となった。 1920年(大正9年)に渡仏。フランスにおける近代彫刻の巨匠ロダンに師事し、1921年(大正10年)に日本に帰国。その後は滝野川彫刻研究所を創立し、後進を指導した。