宮田 笙子(みやた しょうこ、2004年9月21日 - )は… 宮田 笙子(みやた しょうこ、2004年9月21日 - )は、日本の体操選手。順天堂大学スポーツ健康科学部在籍。2022年世界体操競技選手権の平均台で銅メダル、2022年アジア体操競技選手権の跳馬とゆかで銀メダルを獲得。 京都府出身。4歳のときに兄と一緒に新体操のクラスに通ったことがきっかけで体操を始めた。 2018カナダ国際(モントリオール)で国際大会初出場を果たし、個人総合で10位であった。同年のアジアジュニア体操競技選手権大会では、団体戦で中国に次ぐ2位入賞に貢献し、跳馬でQi Qi(中国)と新山愛望に次いで、銅メダルを獲得した。 2019年、第1回世界ジュニア体操競技選手権に渡部葉月、畠田千愛とともに出場し、団体戦で11位、個人総合で23位であった。
橋本 大輝(はしもと だいき、2001年〈平成13年〉8月7… 橋本 大輝(はしもと だいき、2001年〈平成13年〉8月7日 - )は、日本の体操競技選手。2021年開催の東京オリンピック 体操 男子個人総合及び種目別鉄棒 金メダリスト。体操男子個人総合を五輪史上最年少で制覇、種目別鉄棒との2冠を達成した。 千葉県成田市出身。香取市立佐原中学校、船橋市立船橋高等学校を経て順天堂大学を卒業。 6歳から15歳まで兄とともに香取市にある佐原ジュニア体操クラブに通う。船橋市立船橋高等学校入学時は荒削りでトップクラスに程遠い選手だったが、高校3年生になると白井健三以来史上2人目となる現役高等学校生の日本代表選手として2019年世界体操競技選手権(ドイツ・シュツットガルト)に出場した。
谷川 翔(たにがわ かける、1999年2月15日 - )は、… 谷川 翔(たにがわ かける、1999年2月15日 - )は、日本の体操競技選手。 千葉県船橋市出身。実兄、谷川航の影響で小学1年次から地元の健伸スポーツクラブで体操競技を始めた。2013年の全国中学校体操選手権で個人総合優勝。船橋市立船橋高等学校在校中の2016年には、全日本ジュニア体操選手権で個人総合優勝を果たす。 冨田洋之がコーチを務める順天堂大学に進学。2018年4月に開催された第72回全日本選手権では、内村航平、白井健三を抑えて史上最年少(19歳2ヶ月)でチャンピオンとなった。 2019年4月、平成最後の大会となった第73回全日本選手権では、男子個人総合で2連覇を達成。同年5月に開催された第58回NHK杯では、谷川航、萱和磨らの追い上げを振り切り初優勝、令和最初のチャンピオンとなった。
萱 和磨(かや かずま、1996年11月19日 - )は、日… 萱 和磨(かや かずま、1996年11月19日 - )は、日本の体操競技選手。 小学2年生の時にテレビで観たアテネオリンピック日本代表の冨田洋之の演技に魅了され、体操を始める。 市立習志野高校では3年次に全国高校体操選抜大会個人総合で優勝を果たすなど同学年の白井健三らと競い合った。 順天堂大学進学後、2015年の体操世界選手権では個人あん馬で銅メダルを獲得し、団体での金メダル獲得にも貢献した。 2021年5月16日に長野県のビッグハットで開催された第60回NHK杯にて2位に入賞し、同大会初優勝の橋本大輝と共に同年開催の2020年東京オリンピックへの出場権の獲得と同時に自身初の団体代表入りが内定した。
谷川 航(たにがわ わたる、1996年7月23日 - )は、… 谷川 航(たにがわ わたる、1996年7月23日 - )は、日本の体操競技選手。実弟の谷川翔も同じ体操選手。 小学1年生で健伸スポーツクラブで体操を始める。ショー・コスギが主宰するアクション塾に所属し、テレビやCMに出演していた。 2014年、全国高等学校総合体育大会 男子個人総合にて、白井健三や 萱和磨を抑えて優勝する。 2021年東京で開催された2020年東京オリンピックの体操競技団体総合で銀メダルを獲得した。 2023年中国杭州市で開催された2022年アジア競技大会体操競技において、団体総合で銀メダル、種目別跳馬で金メダル、つり輪で銅メダルを獲得した。 カタールドーハで開催された2018年世界体操競技選手権の団体総合で銅メダルを獲得した。
加藤 凌平(かとう りょうへい、1993年9月9日 - )は… 加藤 凌平(かとう りょうへい、1993年9月9日 - )は、日本の体操競技選手。 静岡県生まれ、埼玉県草加市育ち。埼玉栄高等学校を卒業し順天堂大学へ進学。父親でロンドンオリンピック男子体操コーチの加藤裕之も元体操選手で1989年世界体操競技選手権代表、弟の加藤裕斗も体操選手。 2008年、国際大会(リューキンカップ)に初めて参加し、14~15 歳の部で個人1位。2011年にナショナル入りし、2011年世界体操競技選手権選考では高校生ながら日本代表補欠となった。2012年に初めて男子体操日本代表に選出され、2012年ロンドンオリンピック団体総合で銀メダル獲得に貢献。彩の国功労賞を受賞。帰国後は全日本学生体操競技選手権大会王者、翌2013年4月のワールドカップ東京大会で銀メダル獲得等、個人総合選手として急速に成長。
田中 佑典(たなか ゆうすけ、1989年11月29日 - )… 田中 佑典(たなか ゆうすけ、1989年11月29日 - )は、日本の体操選手。和歌山県岩出市出身。身長166cm。体重58kg。順天堂大学出身、コナミスポーツクラブを経て、同じく元体操選手だった兄の田中和仁が代表を務める田中体操クラブ所属。姉の田中理恵も元体操選手で現在は田中体操クラブ特別コーチ。得意種目は鉄棒。 体操一家の末っ子として、7歳で体操を始める。ジュニア期から強化指定選手に選ばれ、2006年には兄弟の中で最も早くナショナル入りを果たす。2007年のコトブス国際で、高校2年生ながら鉄棒2位に入り、国際ジュニア(横浜)では個人総合優勝を果たす。その冬に右手首を疲労骨折するが、2008年、1年生ながらインカレに順天堂大学のチームの一員として出場し、内村航平率いる日本体育大学を僅差でかわして優勝。
田頭 剛(たがしら ごう、1987年6月2日 - )は、日本… 田頭 剛(たがしら ごう、1987年6月2日 - )は、日本の体操選手。広島県因島出身。 広島県立因島高等学校を卒業後、順天堂大学に進学。その後同大学院へ進学と同時にセントラルスポーツに所属。2008年には、全日本体操競技選手権大会の跳馬で優勝。同年の第4回アジア体操競技選手権の日本代表として団体ではゆか、つり輪、跳馬の3種目に出場し団体優勝を果たし、個人では跳馬で銀メダル、つり輪で7位となった。また、翌年2009年にアメリカで開催されたパシフィックコースト・クラシック及び日本学生選抜・スタンフォード大学対抗戦においても高得点を獲得して跳馬優勝を果たす。そして、同年の11月に開催された第63回全日本体操競技団体・種目別選手権大会において連覇がかかる中、日本人で初めて当時の価値点7.0満点の大技を2本成功させて、ただ一人両技とも16点台の高得点をたたき出した。
新島卓矢(にいじま たくや、1986年(昭和61年)12月1… 新島卓矢(にいじま たくや、1986年(昭和61年)12月12日 - )は、日本の元体操競技選手。体操競技パフォーマー、指導者。 One on Oneバク転・アクロバット教室代表。One on One(同)所属。 よしもと興業ふるさとアスリート。 5歳で体操を始める。 5年生で全国大会に出場。翌年、全国大会の鉄棒競技に於いて優勝を果たす。 体操クラブで体操を続け、中学3年時[いつ?]、全国大会で個人総合7位に入賞。 名門洛南高校に進学。3年時[いつ?]のインターハイで、団体総合準優勝、個人総合3位入賞。 同年、初めて国際大会[いつ?]にも出場。順天堂大学に進学。 大学3年時に膝の半月板を損傷し、手術をする。
坂本 功貴(さかもと こうき、1986年8月21日 - )は… 坂本 功貴(さかもと こうき、1986年8月21日 - )は、日本の元体操競技選手。北海道江別市出身。 北海道江別市で生まれ、2歳で札幌市厚別区に移る。保育園時代に先生に勧められ、体操をはじめる。札幌市立上野幌中学校出身で卒業後は強豪、埼玉栄高等学校に入学。その後、順天堂大学に入学し数多くの成績を残している。 2008年北京オリンピック日本代表に選出。北海道出身の体操選手では不参加となったモスクワ五輪女子の日向由佳(札幌市出身)以来2人目、男子では初の五輪体操選手となった。8月12日に行われた団体決勝では、4種目にエントリーし、日本の銀メダル獲得に貢献した。個人総合でも決勝に残っていたが、順天堂大学の先輩である冨田洋之に出場を譲った。
冨田 洋之(とみた ひろゆき、1980年11月21日 - )… 冨田 洋之(とみた ひろゆき、1980年11月21日 - )は、元体操選手。順天堂大学スポーツ健康科学部スポーツ科学科准教授。日本オリンピック委員会専任コーチ。 1980年11月21日、大阪府大阪市に生まれる。 マック体操クラブにて、8歳から体操を始める。なお同い年の鹿島丈博も同クラブに所属しており、中学校は大阪市立城陽中学校に進学した、高校時代を除き引退までの長い間、冨田とチームを共にすることとなる。12歳頃から、オリンピックを意識するようになった。 2004年8月、アテネオリンピックでは日本チームのエースとして出場。金メダルのかかった最終種目鉄棒の最終試技者として、スーパーE難度のコールマンを成功。
米田 功(よねだ いさお、1977年8月20日 - )は、元… 米田 功(よねだ いさお、1977年8月20日 - )は、元体操競技選手。株式会社CARTWHEEL(米田功体操クラブ)代表取締役、徳洲会体操クラブ監督、日本体操協会常務理事。大阪府堺市出身。 小学1年生で大阪市の体操クラブに入り、2年後に市内の名門「マック体操クラブ」に移る。その後、強豪の清風中学校・高等学校に進学し、中学2年生の時に全国大会で初優勝、高校時代はインターハイで個人総合2位になる。順天堂大学に進み、1997年の全日本学生選手権個人総合2位、1998年のNHK杯で個人総合優勝。1999年には全日本学生選手権個人総合優勝、全日本選手権の鉄棒で優勝を果たす。 しかし、2000年のNHK杯ではアクシデントに見舞われ7位となり、シドニーオリンピック代表を逃す。
原田 睦巳(はらだ むつみ、1975年(昭和50年)9月24… 原田 睦巳(はらだ むつみ、1975年(昭和50年)9月24日 - )は、日本の元体操選手。京都府出身。 2000年(平成12年)順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科コーチング科学領域を修了し、セントラルスポーツ株式会社、スタンフォード大学体操競技部のアシスタントコーチを経て、2007年(平成19年)順天堂大学スポーツ健康科学部助教、2018年(平成30年)同校教授。 兄の影響で体操を始め、体操の強豪の洛南高校に進学。1993年に高校総体の個人総合・あん馬・跳馬で優勝。 体操が強い関東の大学への進学を考え、日本体育大学、筑波大学、順天堂大学の3校で悩んだが、当時インカレで万年4位、メダルにあと少しという状態の順天堂に「自分が入って核になれたら」という思いもあり順天堂大学に進学。