彼末 浩明(かのすえ ひろあき、1967年〈昭和42年〉3月… 彼末 浩明(かのすえ ひろあき、1967年〈昭和42年〉3月17日 - )は、日本の海上保安官。 高知県出身。海上保安庁入庁後、海上保安大学校を経て、第十一管区海上保安本部警備救難部警備課長、海上保安庁総務部国際・危機管理官付課長補佐、同総務部人事課長補佐、根室海上保安部長、根室港長、第十一管区海上保安本部総務部長、海上保安庁総務部教育訓練管理官、同警備救難部管理課長、第三管区海上保安本部次長などを歴任。 2022年(令和4年)4月1日、海上保安学校長に就任。 2023年(令和5年)7月4日、海上保安庁警備救難部長に就任。 2024年(令和6年)7月1日、海上保安監に就任。翌2025年(令和7年)2月14日にはアデン湾や東南アジア周辺海域における海賊対策のため、海上保安庁の野本英伸警備救難部国際刑事課長らとともにジブチ、マレーシアに派遣され、現地の海上保安機関を訪問し、連携・協力関係の強化を図った。
中林 久子(なかばやし ひさこ、1967年 - )は、日本の… 中林 久子(なかばやし ひさこ、1967年 - )は、日本の海上保安官、階級は一等海上保安監(乙)。 女性海上保安官のトップランナーとして、「女性初」の海上保安署長、海上保安部長、管区海上保安本部部長、本庁広報室長、大型巡視船船長を歴任しており、航空基地長就任時には将官にまで登り詰める。 宮崎県延岡市出身。大阪府立富田林高等学校卒業。1991年に海上保安大学校を卒業した。巡視船うらがの乗船員になる。海上保安庁の報道係長を務め、北朝鮮の工作船事件のマスコミ対応にあたる。2006年、水島海上保安部航行安全課長。2011年、第四管区海上保安本部交通部企画調整官、2012年、横浜海上保安部の巡視船「いず」の運用司令長。
渡邉 保範(わたなべ やすのり、1964年〈昭和39年〉7月… 渡邉 保範(わたなべ やすのり、1964年〈昭和39年〉7月11日 - )は、日本の海上保安官。 北海道出身。海上保安庁入庁後、海上保安大学校を経て、福島海上保安部巡視船あぶくま船長、警備救難部警備情報課警備情報調整官、四日市海上保安部長、第四管区海上保安本部警備救難部長、警備救難部警備情報課長などを歴任。第四管区海上保安本部警備救難部長在任中には伊勢志摩サミットを控えた中で、三重県警察と合同で海上警備訓練を実施するなど、警察と連携して警備活動にあたった。 2020年(令和2年)1月7日、第八管区海上保安本部次長に就任。 同年10月1日、第三管区海上保安本部次長に就任。在任中、2020年東京オリンピック・パラリンピックで海上警備の指揮をとった。
白石 昌己(しらいし まさみ、1964年〈昭和39年〉1月 … 白石 昌己(しらいし まさみ、1964年〈昭和39年〉1月 - )は、日本の海上保安官。海上災害防止センター理事長。 海上保安監(第10代)、海上保安庁警備救難部長(第48代)などを歴任。 鹿児島県出身。海上保安庁入庁後、1987年(昭和62年)3月に海上保安大学校を卒業し、第七管区海上保安本部警備救難部次長、根室海上保安部長、国土交通省大臣官房総務課企画官、第十一管区海上保安本部警備救難部長、総務部政務課政策評価広報室長、警備救難部管理課長、第十管区海上保安本部次長などを歴任。 2020年(令和2年)10月1日、第九管区海上保安本部長に就任。在任中、石川県能登半島沖の大和堆周辺海域における外国船籍の違法操業問題に対応した。
岩並 秀一(いわなみ しゅういち、1958年〈昭和33年〉1… 岩並 秀一(いわなみ しゅういち、1958年〈昭和33年〉11月19日 - )は、日本の海上保安官。第45代海上保安庁長官。 東京都出身。東京都立武蔵高等学校を経て、海上保安大学校(通信)に合格し、海上保安大学校入学。1981年3月に海上保安大学校本科を卒業。 第三管区海上保安本部次長、第二管区海上保安本部長、警備救難部長を歴任。 2017年(平成29年)4月1日、海上保安監に就任する。 2018年(平成30年)7月31日、海上保安庁長官に就任する。 2020年(令和2年)1月7日、辞職。 2020年(令和2年)8月1日、三菱重工業株式会社顧問。
中島敏(なかじま さとし、1956年〈昭和31年〉5月18日… 中島敏(なかじま さとし、1956年〈昭和31年〉5月18日 - )は、日本の海上保安官。第44代海上保安庁長官。 福井県福井市出身。福井県立羽水高等学校を経て、1979年(昭和54年)に海上保安大学校を卒業する。 海上保安官として警備救難、航行安全等の実務に携わり、根室海上保安部長、第3管区海上保安本部交通部長、政務課政策評価広報室海上保安報道官、警備救難部警備課領海警備対策官、警備救難部管理課長、総務部参事官、第8管区海上保安本部長、警備救難部長などを歴任する。 2015年(平成27年)4月、海上保安監に就任する。 2016年(平成28年)6月21日、海上保安庁長官に就任する。 2018年 (平成30年) 7月31日、海上保安庁長官退任。
佐藤 雄二(さとう ゆうじ、1954年 - )は、日本の海上… 佐藤 雄二(さとう ゆうじ、1954年 - )は、日本の海上保安官。海上保安庁長官、運輸安全委員会委員。 1954年生まれ。1977年海上保安大学校通信科卒業。巡視船「いず」の三席通信士として海上保安官人生を歩み始める。1989年「くにさき」の首席通信士に赴任、特別警備隊の規制班長として警備実施を担当する。1990年関西国際空港海上警備隊隊長。1991年プルトニウム輸送船警乗隊隊長。2001年特殊警備隊(SST)の基地長に就任し、SSTの総指揮を行う。 2003年第三管区海上保安本部警備救難部長、本庁勤務を経て2010年第十管区海上保安本部長、2012年海上保安庁警備救難部長。2013年警備救難監、初代海上保安監。
松平 永芳(まつだいら ながよし、1915年〈大正4年〉3月… 松平 永芳(まつだいら ながよし、1915年〈大正4年〉3月21日 - 2005年〈平成17年〉7月10日)は、日本の海軍軍人、陸上自衛官、神職。靖国神社第6代宮司(1978年 - 1992年)時代には、A級戦犯の合祀を実施したことで知られる。 二女武子の婿は17代目住友吉右衛門である。 東京に生まれる。祖父は松平春嶽。父は春嶽の長男・松平慶民(子爵、宮内大臣、戦後は宮内府長官)。母幸子は男爵新田忠純の四女。妻充子は侍従武官・侯爵醍醐忠重(海軍中将)の二女。また、尾張徳川家を継いだ侯爵徳川義親(靖国会初代会長)は叔父に当たる。 暁星中学校を卒業。1937年(昭和12年)海軍機関学校(第45期)を経て、1944年(昭和19年)10月、海軍少佐・正五位に至る。
伊藤 裕康(いとう ひろやす )は、日本の海上保安官。第8代… 伊藤 裕康(いとう ひろやす )は、日本の海上保安官。第8代海上保安監。元一般財団法人海上災害防止センター理事長。運輸安全委員会委員。 神奈川県平塚市生まれ。1984年海上保安大学校卒業。海上保安官人生を歩み始める。1997年、第9管区海上保安本部警備課補佐官として、能登半島沖不審船事件に対処。ノルウェー王国日本国大使館1等書記官、唐津海上保安部長、第10管区海上保安本部警備救難部長、海上保安庁警備救難部警備課長、警備救難部管理課長、第11管区海上保安本部次長を経て2018年第8管区海上保安本部長、2020年海上保安庁警備救難部長。同年、第8代海上保安監に就任。2020年11月、フィリピン沿岸警備隊のラロヤ・レオポルド副長官(運用担当)と オンラインで長官級会合を開催し、海賊対策等で連携・ 協力を発展させることで一致した。