加倉井 実(かくらい みのる、1934年6月29日 - 1998年6月23日)は、茨城県水戸市出身のプロ野球選手。ポジションは外野手。 水戸商業高校では高校同期の豊田泰光らとともにクリーンアップを組み、一塁手・三番打者として活躍、控え投手としても起用される。1951年秋季関東大会県予選は決勝で竜ヶ崎一高に敗退。1952年の春季関東大会では準決勝に進み、エース衆樹資宏を擁する湘南高と延長15回の熱戦の末にサヨナラ負けを喫する。同年の夏の甲子園に出場。1回戦で都留高のエース矢頭高雄を打ち崩し2回戦に進むが、成田高に敗退。この試合ではエース高畑正盛(富士重工)をリリーフして甲子園初登板を果たす。 1953年に読売ジャイアンツへ入団。
出典:ウィキペディア「加倉井実」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
