武谷 水城(たけや みずき、1853年1月25日(嘉永5年12月16日) - 1939年(昭和14年)8月15日)は、日本の陸軍軍医、郷土史研究家。 福岡藩士尾石信一(惣平)の二男尾石豊として、筑前国御笠郡水城村(現・福岡県太宰府市)に生まれる。藩校修猷館および文武館に学んだ後、1872年に金沢医学校(医学館)に入学し、オランダ人医学者スロイスに医学を学ぶ。1874年福岡藩医武谷祐之の養嫡子となり、1876年祐之の三女仲と結婚する。祐之は福岡藩主黒田長溥の侍医であり、九州大学の源流とされる藩医学校賛生館の創立に尽くしている。祐之の父は長崎でシーボルトに西洋医学を学んだ福岡藩御目見医武谷元立である。
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