林 堅太郎(はやし けんたろう、1895年〈明治28年〉6月5日 - 1981年〈昭和56年〉2月5日)は、日本の電気工学・物理工学者、電気エネルギー工学者。大阪工業大学名誉教授。元電気工学教室担当。工学博士。京都電燈(現:関西電力)元研究員。 専門は、光工学・物理光学(のちの光エレクトロニクス)、発電/送配電工学(のちの電気エネルギー工学)、放電工学(のちのプラズマ工学)。 1920年京都帝国大学工学部卒業(指導教授:黎明期の日本の電気工学界を支えた重鎮で電気学会元会長の鳥養利三郎)。京都電燈(関西電力の前身)にて蛍光放電管・発電/配電系統の研究に従事。1950年大阪工業大学工学部電気工学科に着任、電気工学教室担当。
出典:ウィキペディア「林堅太郎 (電気工学者)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
