佐藤 功一(さとう こういち、1878年(明治11年)7月2日 - 1941年(昭和16年)6月22日)は、日本の建築家。 早稲田大学理工科の建築学科の創始者として知られる。早大建築学科主任に就任してからは、同大の建築教育の基礎を築いた。以後は早大において評議員なども歴任した。 作品としては関東大震災以降のものが多く、日比谷公会堂の設計、大学関連では早稲田大学のシンボルである大隈講堂や、武蔵大学、津田塾大学に作品を39年間で233件残している。また東京女子高等師範学校、日本女子大学校などで教え、女性に対する住教育の草分けでもあった。 佐藤の作品であることが確認されている物件は223件あり、2か月に1件のハイペースで設計していた計算になる。
出典:ウィキペディア「佐藤功一」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
