岡野 眞治(おかの まさはる、1926年10月18日 - 2019年1月3日)は、日本の科学者。理学博士。 1926年、神奈川県鎌倉市出身で、鎌倉市に在住していた。 1945年に入学した電波科学専門学校(後の東海大学)は、日本の現代物理学の父と呼ばれる仁科芳雄が校長を務めており、卒業後は仁科が率いていた科学研究所(現理化学研究所)に入所する。 日本における放射線研究の第一人者であり、科学技術庁長官賞を2度にわたって受賞。 理化学研究所在籍時代には1954年には水素爆弾実験で第5福竜丸が被爆したビキニ事件では日本政府による調査団の一員としてビキニ環礁へ赴いたり、チェルノブイリ原子力発電所事故が発生したウクライナ・プリピャチ周辺、東京電力福島第一原発事故が発生した福島県各地等、あらゆる場所で放射線状況を詳しく調査・測定している。
出典:ウィキペディア「岡野眞治」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
