中山 秀三郎(なかやま ひでさぶろう、1865年1月21日(元治元年12月24日) - 1936年(昭和11年)11月19日)は、明治から昭和時代の土木工学者、内務技師、逓信技師、東京帝国大学名誉教授。工学博士。 中山善之進の三男として、三河国額田郡奥殿村(現・愛知県岡崎市奥殿町)にて生まれる。1912年(大正元年)7月、兄の眞琴の跡を継ぐ。1888年(明治21年)帝国大学工科大学土木科を卒業し、関西鉄道会社技師として2年の実務経験を経て、1890年(明治23年)同大助教授。 1896年(明治29年)河海工学研究のため欧米へ留学し、帰国後、1898年(明治31年)同大教授。この間、帝国経済会議、学術研究会議、土木会議等会員を歴任。
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