肥後 八次(ひご はちじ、1875年10月24日 - 1955年6月5日)は、日本の逓信官僚、実業家。逓信省初代電気課長、初代電気局監理課長、第3代電気局長を歴任して電気行政に貢献し、退官後は住友合資(住友本社)理事や住友の関連会社の各役員を務めた。 鹿児島県鹿児島市下竜尾町生まれ。鹿児島県士族肥後宗右衛門の二男。1895年7月、鹿児島高等中学造士館予科を卒業。1897年7月、第五高等学校大学予科第一部を卒業。1900年7月、東京帝国大学法科大学独法科を卒業し、内務省入省。同年の文官高等試験に合格。1902年3月、静岡県参事官に任じられる。1903年2月、分家。1903年11月、逓信省参事官兼逓信書記官に転じる。
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