山田 芳治(やまだ よしはる、1924年10月5日 - 1989年12月31日)は、日本の政治家(衆議院議員3期)。 旧制静岡高等学校から東京大学法学部を卒業。自治省に入庁し、京都府に出向して企画文書課長・人事課長・地方課長を歴任。自治省に戻り自治大臣秘書官・徳島県企画開発部長を歴任後、京都府知事だった蜷川虎三の誘いを受け総務部長から副知事(1967年)に就任した。 当時は蜷川の後継者と目されていたが、1972年の総選挙で京都2区選出だった柳田秀一の不出馬に伴い日本社会党公認から出馬、蜷川後継の立場を生かす格好でトップ当選を果たした。その後、1976年の総選挙でも再選を果たすが、蜷川が引退した1978年に社会党・公明党・民社党・社民連に推される形で京都府知事選に立候補。
出典:ウィキペディア「山田芳治」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
