辰沢 延次郎(たつざわ えんじろう、慶応元年11月14日(1865年12月31日) - 1931年(昭和6年)10月16日)は日本の実業家、政治家。東京市会議員。 静岡藩士、石渡栄次郎の二男として江戸(後の東京市京橋区新船松町(霊岸島)、現東京都中央区新川)に生まれる。辰沢豊三郎の養子となった後、1877年(明治10年)1月家督相続。攻玉社中学を経て、1885年(明治18年)東京商船学校航海科卒業、海運業界に入る。当初は運転士として海上勤務だったが入社先が日本郵船に改称すると陸上勤務に転じる。同社は艀船部を廃止して京浜艀船受負事務所を新設、辰沢は同社を退職して1897年(明治30年)に事務所と同じ所在地に辰沢回漕店を開業、自ら海運業を営み、日本郵船から事業を受け継いで京浜間の貨物輸送を嘱託されていた。
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