亀岡 末吉(かめおかすえきち、慶応元年11月4日〈1865年12月21日〉- 1922年〈大正11年〉11月26日)は、日本近代の建築家。従五位。作品は独特の意匠で知られ「亀岡式」と呼ばれる。 慶応元年(1865年)に前橋藩士の子として生まれる。明治維新後は画家を志し、東京美術学校絵画科に入学して日本画の技術を習得。1894年(明治27年)に同校を卒業。1901年(明治34年)からは内務省の古社寺調査に携わり、寺社の修理に従事。1907年(明治40年)には京都府技師となり、平等院鳳凰堂の修理を行った。京都では東福寺の方丈や東本願寺、仁和寺の門など幕末の動乱の中で焼失した建物を再建。1913年(大正2年)には京都府左京区神楽岡(吉田山 (京都市))に自邸を建築。
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