中林 忠良(なかばやし ただよし、1937年(昭和12年)9月17日 - )は、日本版画界を代表する版画家の1人。東京芸術大学名誉教授、紫綬褒章・瑞宝中綬章受章。日本における銅版画の第一人者。 銅版の腐蝕と自分を含めた全てのものの腐蝕を重ね合わせ、「すべて腐ちないものはない」という思想のもとに、白と黒を基調とする銅版腐蝕版画(エッチング)による製作を続けている。 1937年 東京・品川区大井山中町に産まれる。1941年江東区に、1943年品川区に、1944年目黒区に転居。目黒区立中目黒小学校入学直後に、新潟県蒲原郡加茂町(現加茂市に戦時児童疎開。4年間を過ごす。この少年時代の疎開生活は、のちの作品に影響をあたえた。
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