佐々木 武雄(ささき たけお、1905年3月7日 - 1986年3月20日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は予備役大尉。 1945年(昭和20年)8月14日の深夜から15日(日本時間)にかけて日本の降伏に際して発生し未遂に終わった宮城事件に呼応し、出身校である横浜工業専門学校の有志らを募って国民神風隊を編成し、首相官邸と時の内閣総理大臣鈴木貫太郎の私邸などを相次いで焼き討ちにする事件を起こした。事件後は憲兵などの目をかいくぐる逃亡生活を行った末、比較的早い時期に大山 量士(おおやま かずひと)として世に現れる。改名後は「亜細亜友之会」を立ち上げて事務局長および理事長として活躍し、アジア出身の留学生から「オヤジ」として慕われた。
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