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山田達雄

やまだ たつお
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山田 達雄(やまだ たつお、1922年3月5日 - 1980年6月6日)は、日本の映画監督、脚本家である。 1922年(大正11年)3月5日、兵庫県神戸市に生まれる。立教大学卒業。 京都の映画界に入り、伊藤大輔監督の門下となり助監督を務める。1947年(昭和22年)、新東宝で助監督となる。1950年(昭和25年)、中川信夫監督の『アマカラ珍騒動』等でチーフ助監督を務めた。 1956年(昭和31年)、監督に昇進し、嵐寛寿郎主演の『剣豪相馬武勇伝 檜山大騒動』で監督としてデビューした。1961年(昭和36年)の同社の倒産までに22本を監督した。1960年12月公開の『東海道非常警戒』について、映画評論家の水野和夫は、「脱出という主題を具体的な速度感で映像化して行くクライマックスのカット・バックは山田達雄監督自身が堕落した現代映画の枠から脱出するかのごとく見事」であり、「日本映画界の底辺にあると思われている人たちが、実は最も力をこめて日本映画の土台をかためていることを再認識して、僕は激しい感動を禁じえなかった。

出典:ウィキペディア「山田達雄」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋