安孫子 久太郎(あびこ きゅうたろう、1864年7月26日〈元治元年6月23日〉 - 1936年〈昭和11年〉5月31日)は、アメリカ合衆国で活動した日本人起業家かつ新聞編集者である。日米新聞社長。 1864年(元治元年)に、のちの新潟県北蒲原郡水原町字外城(現阿賀野市)で、小林徳四郎、いし子の長男として生まれた。母が出産の際に死亡したため、母方の祖父(安孫子彦一郎)方に引き取られ、15歳年上の叔父安孫子石太郎の弟として養育される。家業の蝋燭、紙の販売を手伝わされ、荷車に品々を積んで、近隣の村々を売りに歩く。水原在町中に英人宣教師パームからキリスト教的薫陶を受けた。 1882年(明治15年)、宇尾野藤八、佐藤文二と新潟を出奔する。
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