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宮崎民蔵

みやざき たみぞう
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宮崎 民蔵(みやざき たみぞう、慶応元年5月20日(1865年6月13日) - 昭和3年(1928年)8月15日)は、明治・大正期の社会運動家。号は巡耕。後に中華民国を建国することとなる孫文を支援した熊本県荒尾市の宮崎家の本家筋当主。 肥後国玉名郡荒尾村(現熊本県荒尾市)出身。兄の八郎、弟の弥蔵・寅蔵(滔天)とともに「民権兄弟」として知られる(特に民蔵・弥蔵・寅蔵を「宮崎三兄弟」と呼ぶこともある)。 宮崎政賢・左喜夫妻の六男に生まれるが、兄・八郎が西南戦争で戦死し、他の兄も既に没していたため、1880年(明治13年)に民蔵が16歳で宮崎家の当主となる。 八郎と同様に自由民権運動の影響を受けて上京し、中江兆民の仏学塾に入ったものの、病気のため帰郷する。

出典:ウィキペディア「宮崎民蔵」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋