平山 訓子(ひらやま おしえこ、1882年12月20日 - 1925年5月1日)は、女性ジャーナリスト、文筆家、歌人、実業家。 本名は平山 訓(ひらやま おしえ)、旧姓蔵原、元和歌山県知事で衆議院議員の蔵原敏捷は実弟である。 熊本県下益城郡小川町(現・宇城市)出身、父・蔵原穆、母・そでの長女として生まれる。 1900年3月、熊本女学校を卒業。翌1901年、徳島県出身(生まれは東京府)の平山八十五郎と結婚、一児をもうけるが、1903年5月、夫八十五郎が米国スタンフォード大学留学中に客死したため、同年9月、幼子を実家に預け、九州日日新聞社(のち、熊本日日新聞社に社名変更)に入社した。熊本の女性記者第一号として活動する。
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