五味 卯三郎(ごみ うさぶろう、1855年8月28日〈安政2年7月16日〉 - 1923年〈大正12年〉9月1日)は、日本の政治家、資産家、地主。東京府会議員、東京市会議員、神田区会議員。族籍は東京府平民。 栃木県宇都宮の人で、宇都宮藩士・五味吉房の二男。1869年、東京に出て吉川慎堂の門に入り漢籍・洋書を学んだ。1875年、分かれて一家を創立した。 1873年、樺太に渡り、後九州に於いて警察官となり西南戦争に従う。1879年、兄が病んで没した。卯三郎は官を辞めて上京し、遺子・保に其の後を継がせ、自ら分家した。 1892年、神田区会議員に挙げられ、以来20有余年間毎回当選した。1896年、東京府会議員に挙げられ、1897年、東京市会議員に選出された。
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