玉乃海 太三郎(たまのうみ だいさぶろう、1923年1月2日 - 1987年9月27日)は、大分県大分市出身で二所ノ関部屋に所属した大相撲力士。本名は三浦 朝弘(みうら ともひろ)。最高位は東関脇。全盛期の体格は181cm、120kg。得意手は右四つ、櫓投げ、外掛け。栃若時代の実力者の一人で、長谷川や琴錦と並んで、最強関脇との見方もある。 引退後は年寄・12代片男波を襲名し、片男波部屋を興した。 1923年1月、料亭の板前の家に六人兄弟の長男として生まれる。小学校時代は野球に熱中しており、大分県立商業学校(現大分県立大分商業高等学校)からの誘いもあったが中学には進学せず、玉錦(二所ノ関部屋)の一行が巡業に来たのを見て力士になることを志望した。
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