長岡 安平(ながおか やすへい、1842年8月10日(天保13年7月5日) - 1925年(大正14年)12月20日)は、日本の造園家、作庭家。また茶人で、「祖庭」と号した。日本人初の公園デザイナー。 明治初期から大正にかけて東京府の公園係長などとして活躍。数々の名園を生み出した。明治年代から大正初期に至る間の造園技術の第一人者、また公園行政官のパイオニア。日本の近代公園の先駆者。 1842年(天保13年)肥前大村藩士として大村城下に生まれる。小さい頃から病弱だったため、藩士の子息に課された武芸等は嗜まず、そのためもっぱら動植物を好み、飼育や栽培等といった方面に才を見出していたという。 1870年(明治3年)郷土の先輩である楠本正隆に従って上京、1872年(明治5年)楠本が新潟県令に就任すると彼に従って新潟に赴く。
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