太田 信治郎(おおた しんじろう、1873年(明治6年)2月5日 - 1957年(昭和32年)5月17日)は、明治から昭和前期の実業家、政治家。衆議院議員。 東京府葛飾郡、のちの東京市深川区で、材木商・太田重吉の長男として生まれる。家業を継承し材木商を営む。 万信材木店社長、大日本林業社長、東京材木問屋組合役員、東京製材組合組長などを務めた。 政界では、深川区会議員、同議長、同学務委員、東京市会議員、内閣国有財産調査委員、同特別都市計画委員などに在任した。 1920年(大正9年)5月の第14回衆議院議員総選挙に東京府第4区から出馬して当選し、以後、第17回総選挙まで連続して再選された。1936年(昭和11年)2月の第19回総選挙でも再選され、立憲民政党に所属して衆議院議員に通算5期在任した。
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