中西 関松(なかにし せきまつ、1919年3月14日 - 1990年1月9日)は、ばんえい競馬の元騎手・調教師。 北海道新十津川村の農家・中西岩吉の第6子として生まれる。中西家では第一子の長男が早世しその後女子の誕生が連続していたことから事実上の長男となる。子供時代から馬に親しみ近隣のばん馬大会に出場しており、13歳から荷馬車の馬追いや家畜商を行い、太平洋戦争中は中国大陸に出征、腹部に銃弾を受けるも腸を傷つけなかったことにより事なきを得て、また腸チフスにも罹患するも一命を取り留める。 1944年に復員し故郷で稲作や林業に従事したのち、終戦後は滝川町に移り林業や運搬作業に従事する傍ら草ばん馬大会に積極的に参加する。
出典:ウィキペディア「中西関松」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
