田尻 昌次(たじり しょうじ、1883年(明治16年)10月28日 - 1969年(昭和44年)6月21日)は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。功三級。陸軍の船舶輸送制度を整備し「船舶の神」と呼ばれた。 1883年(明治16年)に兵庫県但馬、現豊岡市日高町浅倉で生まれた。1893年(明治26年)に父親の知人に引き取られ、神奈川県尋常中学校に編入学する。1901年(明治34年)に第三高等学校への進学が決まったが、郷里の祖父が病に倒れたため帰郷。府中尋常高等小学校の代用教員を経て、1904年(明治37年)に陸軍士官学校に入学。1905年(明治38年)に第18期卒業、歩兵第20連隊留守部隊に配属された。
出典:ウィキペディア「田尻昌次」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
