野呂 駿三(のろ しゅんぞう、1865年7月27日(慶応元年6月5日) - 1945年(昭和20年)12月7日)は、日本の政治家。衆議院議員(1期)。旧姓・菅井。 美濃国恵那郡、のちの岐阜県恵那郡中津町(中津川町を経て現中津川市)で菅井九三の三男として生まれ、先代万次郎の養子となり1898年(明治31年)家督を相続した。酒と醤油醸造業を営む。御嵩町長、岐阜県会議員、同議長、東美銀行、濃飛商工銀行各頭取、東美鉄道取締役、中央製紙、木曽興業、樺太工業各(株)監査役となる。 1920年の第14回衆議院議員総選挙において岐阜7区から立憲政友会公認で立候補して当選する。衆議院議員を1期務め、1924年の第15回衆議院議員総選挙には立候補しなかった。
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