金成 喜蔵(かんなり きぞう、旧字体: 金成 喜藏、アイヌ名:カンナリキ、1824年2月18日〈文政7年1月19日〉 - 1912年〈明治45年〉1月1日)は、北海道幌別郡幌別村(現:登別市幌別)出身のアイヌ(父親は和人)。実業家。愛隣学校の創設者。 喜蔵は幌別で漁業、農業で成功し、宿屋を経営するなど多くの雇用を生む実業家であった。キリスト教を信仰し、正直者として徳望が高く、酒もタバコもやらない人物で、幌別にアイヌのための学校を作る活動をした。 1883年、東京・上野恩賜公園で開催された水産博覧会に投銛を出品し、褒状を授与された。 1888年9月、北海道幌別郡幌別村に愛隣学校を開設。 廃使置県、室蘭も含めて札幌県管轄になった年、1882年(明治15年)に札幌県に対して「幌別旧土人学校設立嘆願書」がカンナリキ他5名の署名で出されている。
出典:ウィキペディア「金成喜蔵」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
