出川 己代造(でがわ みよぞう、1917年9月27日 - 2000年5月28日)は、日本レース・倶楽部所属の元騎手、船橋競馬場所属の調教師・元騎手である。戦前は現在の中央競馬の前身のひとつである日本レース・倶楽部で騎手となり、戦後は地方競馬の船橋競馬場で調教師として長年に渡って活躍した。長男の出川龍一・次男出川博史・三男出川克己も船橋競馬場で調教師を開業している。 埼玉県本庄市出身。父が地方競馬のスターターをしていた関係で、1932年に林義和一門・川崎敬次郎の元へ騎手見習いとして入門する。同厩舎には兄弟子にのちにカブラヤオーを管理した茂木為二郎、弟弟子では森末ノ助、谷八郎らがいた。 第二次世界大戦中は召集を受け、戦後は5年間にわたるシベリア抑留を経験している。
出典:ウィキペディア「出川己代造」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
