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武谷祐之

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武谷 祐之(たけや ゆうし(「すけゆき」との記載もあり)、文政3年4月2日〈1820年5月13日〉 - 明治27年(1894年)2月1日)は、江戸時代、明治時代の医学者(蘭方医)。福岡藩藩医。号は椋亭、澧蘭、鷗洲、三餘学人。字(あざな)は元吉。 蘭方医武谷元立の長男として、筑前国鞍手郡高野村(現・福岡県宮若市)に生まれる。月形鷦窠、天保7年(1836年)広瀬淡窓に儒学を学び、天保14年(1843年)大坂に出て、緒方洪庵の適塾に入り西洋医学、蘭学を修めた。弘化3年(1846年)種痘書『接痘瑣言』を翻訳した。 嘉永元年(1848年)福岡に帰り、郡の頭取医として、モーニッケがもたらした痘苗を入手し、藩内において種痘を実施した。

出典:ウィキペディア「武谷祐之」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋