名島 嘉吉郎(なしま かきちろう、弘化元年12月25日(1845年2月1日) - 明治42年(1909年)5月27日)は、日本の実業家、政治家。米子銀行、中国貯蓄銀行、倉庫会社の各取締役。元米子町会議員。鳥取県平民。 博労町に生まれた。平次郎の嫡男。幼名虎之助と称す。屋号を名和川屋と号し、醤油醸造幷に砂糖綛糸卸売業を営む。 明治22年(1889年)8月、町会議員(一級)当選。 明治28年(1895年)9月、町会議員(一級)当選。 米子銀行、中国貯蓄銀行、倉庫会社の各取締役の重任を帯び各責務に尽瘁した。 『明治人名辞典Ⅱ 下巻』(底本・『日本現今人名辞典(明治三三年)』) なノ七十五によると、 明治35年(1902年)2月の『鳥取県伯耆国一円地価所得税詳覧』によって、米子町を含む西伯郡の地価一万円以上の大地主をみると以下のとおりである。
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