桂木 洋子(かつらぎ ようこ、本名・黛 住恵(まゆずみ すみえ)、旧姓・富沢(とみざわ)、1930年4月6日 - 2007年3月)は、昭和中期(1940年代後半から1960年代前半)に活動した女優。 東京市四谷区(現・新宿区)に、家具屋の一人娘として生れる。四谷第三国民学校出身。1946年、東京都立麹町女子商業学校(現・東京都立芝商業高等学校)[要出典]に在学中、母親の急逝に伴い中退して、松竹歌劇団に戦後の2期生として入団する(卒業と同時に入団とも)。初舞台は同年11月浅草松竹座公演の「秋の踊り」。同期に千草かほる、小柳久子(小柳ひさ子)などがいる。 1948年、黒澤明脚本の『肖像』を準備中、『女』のロケで国際劇場を訪れた木下惠介監督の目に留まり、その次作となる『肖像』で映画デビューする。
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