伊藤 清(いとう きよし、1890年(明治23年)12月7日 - 1981年(昭和56年)6月12日)は、大正から昭和期の弁護士、裁判官、政治家。衆議院議員。 千葉県匝瑳郡福岡町(八日市場町、八日市場市を経て現匝瑳市)で、伊藤啓三郎の二男として生まれる。錦城中学校(現錦城学園高等学校)、第三高等学校を経て、1918年(大正7年)東京帝国大学法科大学法律学科(独法)を卒業した。 1918年8月、司法官試補に任官し、東京地方裁判所予備判事、長崎地方裁判所判事を歴任し、1921年(大正10年)7月に退官した。留学してロンドン大学、ベルリン大学で学び、在学中に司法省から英独の労働法研究の委嘱を受けた。1925年(大正14年)に帰国し弁護士を開業した。
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