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永

永山時雄

ながやま ときお
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永山 時雄(ながやま ときお、1912年〈明治45年〉2月11日 - 1999年〈平成11年〉7月11日)は、神奈川県出身の官僚。旧通商産業省初代大臣官房長。位階は従三位。 神奈川県立小田原中学校(現:神奈川県立小田原高等学校)、第一高等学校 (旧制) を経て、1935年に東京帝国大学法学部卒業。同年、商工省入省。入省同期に、斎藤正年(特許庁長官)、小出栄一(共石社長、経済企画事務次官)、鹿子木昇(アジア経済研究所所長、大阪通産局長)、小山雄二(中小企業庁長官)、油谷精夫(東京通産局長)など。 戦後、商工省外局の貿易庁に、時の貿易庁長官に就任した白洲次郎が貿易庁と共に商工省も解体し新制・通商産業省へと改組する構想を松田太郎商工次官が掴み、当初その動向を監視するため、当時商工省物資調整課長であった永山が筆頭課長である貿易課長として送り込まれた。

出典:ウィキペディア「永山時雄」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋