梛野 巌(なぎの いつき、1891年〈明治24年〉1月1日 - 1982年〈昭和年57年〉)は、明治期から昭和期にかけての大日本帝国陸軍の軍医、医学博士。最終階級は陸軍軍医中将。 長岡藩医・梛野直(なぎの ただし)の長男として生まれる。旧制新潟県立長岡中学校(1908年(明治41年)卒業)、旧制第四高等学校を経て、1916年(大正5年)に東京帝国大学医学部を卒業する。1917年(大正6年)に陸軍二等軍医に任官した。 軍籍のまま大学院で学んだ後、外国駐在軍医官としてアメリカ合衆国とドイツに赴任する。海外赴任中にはスイスのチューリヒに留学し、悩解剖研究所モナコフ教授に師事した。1927年(昭和2年)10月13日、東京帝国大学から医学博士号を授与された。
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