9代 岡村 利右衛門(利右衞門、おかむら りえもん、1900年(明治33年)10月29日 - 1965年(昭和40年)12月28日)は、昭和期の実業家、政治家。衆議院議員(3期)。幼名は良守。 岐阜県吉城郡国府村広瀬町(国府町広瀬町を経て現高山市国府町広瀬町)で、8代利右衛門の息子として生まれる。斐太中学校(現岐阜県立斐太高等学校)を経て、1928年(大正14年)早稲田大学政治経済科を卒業。その後、アメリカ合衆国に留学し、ベイツ大学、コロンビア大学を経て、ニューヨーク大学大学院を修了しマスター・オブ・ビジネス・アドミニストレーションの学位を受けた。 逓信省嘱託、牧野良三逓信政務次官秘書官、電気協会(現日本電気協会)弁理課長を経て、1938年(昭和13年)北支那開発に転じたが、終戦により解散となり帰国。
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