当銀 秀崇(とうぎん ひでたか、1946年2月1日 - )は、北海道出身の元プロ野球選手(外野手)。 札幌商業高校では1年生の時、背番号14の控え選手ながら1961年の夏の甲子園に出場。1回戦で大社高の若月宏之投手(立大-全大丸)に抑えられ1-9で大敗。 1962年はエースとして秋季北海道大会決勝に進むが、北海高の吉沢勝と投げ合い完封負け、春の選抜出場を逸する。 1963年春季北海道大会決勝でも北海高に敗退。同年夏も南北海道予選で敗れ、甲子園には届かなかった。 卒業後は駒澤大学へ進学。東都大学野球リーグでは1年生からレギュラー外野手となり、1964年春季リーグで優勝。同年の全日本大学野球選手権大会でも、高校の先輩である盛田昌彦投手(北海道拓殖銀行)を擁し、決勝で早大を破り優勝。
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