磯矢 伍郎(いそや ごろう、1896年(明治29年)1月2日 - 1993年(平成5年)8月22日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は中将。 三重県出身。売薬業・磯矢馬佐右衛門の五男として生まれる。三重第三中学校(現三重県立上野高等学校)、大阪陸軍地方幼年学校、中央幼年学校を経て、1917年(大正6年)5月、陸軍士官学校(29期)を卒業。同年12月、歩兵少尉に任官し歩兵第55連隊附となる。1925年(大正14年)11月、陸軍大学校(37期)を卒業した。 1926年(大正15年)8月、歩兵大尉に進み歩兵第48連隊中隊長に就任。参謀本部付勤務、参謀本部員、陸大教官兼参謀本部員、関東軍参謀、参謀本部員を務め、1938年(昭和13年)7月、歩兵大佐に昇進し第2軍参謀に発令され日中戦争に出征。
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