海原 幸夫(かいはら ゆきお、1919年3月26日 - 没年不詳)は、日本の録音技師である。戦前の日活京都撮影所、および戦時統合による大映の成立後も引き続き戦後も大映京都撮影所で技師を務めた。 1919年(大正8年)3月26日、京都府京都市に生まれる。 京都市立商工専修学校(現在の京都市立堀川高等学校)を卒業し、1935年(昭和10年)、日活京都撮影所に入社する。録音技師として記録に残るもっとも古い作品は、1937年(昭和12年)6月17日に公開された池田富保監督の『唐人お吉 黒船情話』であり、同作公開時に海原は満18歳であった。同年は、剣戟スター俳優の阪東妻三郎が阪東妻三郎プロダクションを解散、映画監督のマキノ正博(のちのマキノ雅弘)がマキノトーキー製作所を解散し、それぞれ同撮影所に入社した年で、海原は同年末に公開された阪東主演・マキノ監督による正月映画『血煙高田の馬場』の録音技師に抜擢されている。
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