上原 重太郎(うえはら じゅうたろう、1921年10月14日 - 1945年8月19日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大尉。宮城事件森赳近衛師団長殺害事件の首謀者の一人。 兵庫県神戸市生まれ。父は船員であった。京都府立二中、広島陸軍地方幼年学校から陸軍士官学校卒(55期)。陸軍戸山学校生徒を経て、陸軍挺進練習部(現 新田原基地)で落下傘降下を学ぶ。1944年陸軍航空士官学校(現入間基地)へ移る。 1945年8月15日、近衛師団司令部で森師団長を刺殺。同月19日、陸軍航空士官学校(修武台)裏の航空神社前で自決。なお、入間基地内に「上原大尉自刃之碑」がある。
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