宅間 英夫(たくま ひでお、1926年9月16日 - 1979年4月26日)は京都府出身の部落解放運動家。京都こどものとも社社長。部落解放同盟京都府連南丹地協議長の国府泰造から「兄ちゃん」と呼ばれる存在だった。 京都府船井郡富本村(現・南丹市)生まれ。父は郡是製糸社員。 京都府立第二中学校(現・京都府立鳥羽高等学校)時代から松居直や木島始と交際があった。松山高等学校 (旧制)の受験に失敗し、海軍通信学校に入隊したが1ヶ月で敗戦を迎える。 1946年、京都人文学園入学。1949年、同志社大学新聞学科に聴講生として学びつつ郷里の八木町青年団で活動。このころは朝田善之助や日本共産党の山林解放闘争のニセ情報を警察に200円で売ってなぶる計画の軍師だった。
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