河野 克俊(かわの かつとし、1954年〈昭和29年〉11月28日 - )は、日本の海上自衛官。第31代海上幕僚長、第5代統合幕僚長。 父の河野克次(かわの かつじ)は、海軍機関学校(40期)を卒業して海軍機関科将校となり、特殊潜航艇を搭載した伊16潜水艦の機関長として真珠湾攻撃に参加した。 帝国海軍での最終階級は海軍中佐。戦後は復員業務に従事した後、公職追放に遭わずにそのまま海上保安庁で勤務した。1952年(昭和27年)に設置された海上警備隊(海上自衛隊の前身)に移り、1954年(昭和29年)に海上自衛隊が設置されると海上自衛官となり、海上自衛隊第2術科学校長を最後に退官した。海上自衛隊での最終階級は海将補。
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