樺 美智子(かんば みちこ、1937年〈昭和12年〉11月8日 - 1960年〈昭和35年〉6月15日)は、日本の学生運動家。安保闘争で死亡した東京大学の女子学生である。 曽祖父は鳥取県出身の数学者樺正董、父は社会学者の樺俊雄。 1937年(昭和12年)に東京都北多摩郡武蔵野町(現:武蔵野市)の学者の家系に生まれた。2人の兄がいる。中学から父の神戸大学赴任に伴い兵庫県芦屋市に移る。 芦屋市立山手中学校、兵庫県立神戸高等学校を卒業後、一浪して東京の研数学館(お茶の水校)へ通ったが、授業に満足できず、6月に紅露外語予備校に移ったが、午前中だけの授業に飽き足らず、2学期から駿台予備学校に移る。1957年(昭和32年)に東京大学文科二類(現在の文科三類)に入学。
出典:ウィキペディア「樺美智子」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
