坂本 勉(さかもと つとむ、1962年8月3日 - )は、日本の元競輪選手・元自転車競技選手。現在の青森県三戸郡南部町出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第57期卒業。日本競輪選手会青森支部所属。師匠は実兄の坂本典男。初出走は1986年5月10日の青森競輪場で初勝利も同日。血液型はO型。 同県所属94期生坂本貴史は長男、100期生坂本周輝は次男、117期生坂本紘規は四男。三男は高校で自転車競技部の顧問をしている。同県所属91期生坂本昌宏・105期生坂本周作は甥(典男の子息)。周作と同期の磯島康祐も勉の甥に当たり自身が師匠。 学生時代から自転車競技を始め、青森県立三戸高等学校を経て日本大学に進学し、在学中に出場した1984年のロサンゼルスオリンピックでは、自転車競技の1000mタイムトライアルで出場権を掴んだが、共産圏諸国のボイコットのため追加で出場権を得たスプリント種目において、敗者復活戦から勝ち上がり、3位決定戦でフィリップ・ヴェルネを下して銅メダルを獲得。
出典:ウィキペディア「坂本勉」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
