島内 桓太(しまのうち かんた、1871年1月31日(明治3年12月11日) - 1940年(昭和15年)9月19日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。 佐賀県出身。元佐賀藩士の島内桓二・斐(同藩士の綾部四郎太夫の三女)夫妻の息子として生れる。1893年(明治26年)12月、海軍兵学校(20期)を卒業し、少尉候補生として「吉野」に乗り組み日清戦争に従軍。1895年(明治28年)3月に海軍少尉任官、旅順口根海兵団分隊士となる。 1898年(明治31年)12月、呉水雷団第2水雷敷設隊分隊長に就任し、「平遠」分隊長、呉水雷団水雷艇隊艇長、呉水雷団第2水雷艇隊艇長などを歴任し、海軍大学校で乙種学生として学んだ。
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