大室 亮一(おおむろ りょういち、1893年〈明治26年〉10月6日 - 1987年〈昭和62年〉10月16日)は日本の弁護士。第二東京弁護士会会長、A級戦犯松井石根の補佐弁護人。第二次世界大戦後に法務庁(現:法務省)の初代人権擁護局局長を務めた。日弁連副会長、国際法曹協会会長などを歴任。岡山県笠岡市出身。 1893年(明治26年)岡山県浅口郡大島村(現:笠岡市)に生まれる。1907年、旧制岡山県立高梁中学(現:岡山県立高梁高等学校)に入学した。同期には、京大医学部名誉教授となる井上硬や、キリスト教伝導師の松田壽比古がいた。同校を卒業し、1912年(大正元年)第六高等学校文科甲類に進学、その後、1914年(大正3年)に同校卒業、同年に東京帝国大学法科大学へ進学した。
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