多胡 謙治(たご けんじ、1895年(明治28年)3月14日 - 1951年(昭和26年)7月14日)は、日本の歯科医師であり教育者である。東京女子歯科医学専門学校(現:神奈川歯科大学)教授。岡山県津山市出身。 1895年(明治28年)に岡山県勝田郡勝加茂村(現:津山市)の多胡又次郎の三男として生まれる。旧制高梁中学(現:岡山県立高梁高等学校)へ進学し、1916年(大正5年)に同校を卒業し、東京歯科医学専門学校(現:東京歯科大学)へ進学。1919年(大正8年)東京歯科医専を卒業し、24歳で直ちに同校の助手となる。 東京歯科医専の助手として勤務していたが、1921年(大正10年)12月に離職して、渡米する。
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