伊藤 拾郎(いとう じゅうろう、1918年〈大正7年〉2月13日 - 2003年〈平成15年〉3月19日)は、日本のハーモニカ演奏者。 兄は詩人の中原中也であり、中也の兄弟で最後の存命者であった。日本ハーモニカ芸術協会理事を務めた。 名前が中也、亜郎(亜は2番目の意)、恰三、思郎(四)、呉郎(五)ときて急に飛んで拾郎(十)になったのは長年謎に包まれている。最近の研究では恐らく親は十という数字が好きなのだろうと考えられている。 山口県山口市において、中原医院を営む父・中原謙助、母・フクの六男として生まれる。出生名は中原拾郎。6人兄弟の末弟であり、長兄の中也は11歳年上であった。拾郎が5歳の頃に中也は郷里を離れており、末弟の拾郎にとっては時折山口に帰省してくる「兄様」であった。
出典:ウィキペディア「伊藤拾郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
