赤松 寅七(あかまつ とらしち、1882年(明治15年)9月10日 - 1971年(昭和46年)6月20日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍少将。衆議院議員、福岡県嘉穂郡庄内町長。 福岡県嘉麻郡綱分村(嘉穂郡庄内村、庄内町を経て現飯塚市)で赤松善五郎の二男として生まれる。福岡県立東筑中学校を経て、1904年10月24日、陸軍士官学校(16期)を卒業し、同年11月1日、陸軍歩兵少尉に任官。日露戦争に出征した。 歩兵第20連隊中隊長を経て、1917年11月27日、陸軍大学校(29期)を卒業。以後、 参謀本部附、第13師団参謀、歩兵第20連隊長、第12師団司令部附(長崎医科大学配属将校)、歩兵第42連隊長などを歴任。
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