流 敏晴(ながれ としはる、1948年7月7日 - 2016年9月15日)は、福岡県北九州市出身のプロ野球選手(投手)、プロ野球スカウト、長崎国際大学硬式野球部監督。福岡県立小倉商業高等学校卒業。 小倉商業高校では、2年生の時に1965年秋季九州大会県予選で県北部決勝まで進むが小倉高に敗退。翌1966年春季九州大会県予選では2回戦で八幡高を相手に7回コールドながら完全試合を達成して注目される。同年夏の甲子園県予選では準々決勝で柳川商に惜敗、甲子園には出場できなかった。 1966年第1次ドラフト会議で阪急ブレーブスから2位指名を受け入団。足立光宏、山田久志に続くアンダースロー。飄々とした風貌から投げられるシュート、カーブを武器に6年目にプロ入り初勝利を挙げる。
出典:ウィキペディア「流敏晴」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
