劉 寒吉(りゅう かんきち、1906年(明治39年)9月18日 - 1986年(昭和61年)4月20日) は、日本の昭和期の小説家。本名は 濱田 陸一(はまだ りくいち)。 1906年(明治39年)9月18日 福岡県小倉市、魚町33番地(現 北九州市小倉北区、魚町2丁目4番21号)で 父 濱田源治 母 マツの長男として生まれた。名は陸一。生家は、旧小倉藩小笠原公の砂糖御用達商人「濱田屋」。1925年(大正14年)小倉市立小倉商業学校(現 福岡県立小倉商業高等学校)卒業。 在学中より文学の道に進み、同人誌『悟桐』を創刊。1925年(大正14年)9月、同人誌『公孫樹』を創刊。1938年(昭和13年)『九州文学』創刊以来、1983年(昭和58年)12月号の第464号で休刊するまで、48年間『九州文学』の大黒柱として、編集経営に尽力した。
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